novel

海が見たい、と

emui

「あんた、意外とロマンチストなんだな」
夜風に吹かれるまま、流れるコートの毛並みが波しぶきできらめく。
一度だけ葉巻きを嫌がって以来、その唇に咥えられる本数はぐっと減った。年代ものの大樹の幹のような首がすきだと口にしてから、タイは巻かれなくなった。左手のフックはあまりにも重厚で、それを支える骨にはとてもよくない、と忠告してから二人きりのときはどこかに隠してくる。
夜の海を散歩したいと誘えば、少しだけ先を歩いている二十、上の男。大人の男。生物学的男性。大の悪党。
「そうだな」
きっと悪い顔をして笑っているんだと思った。
「お前のセンチメンタルに付き合ってやるくらいには、な」
それなのに月の下で、完璧な右手を差し出して慰めるようなそんな、そんな視線はやめてくれ。
聞き慣れたはずの波音が気持ちをはやらせる。どうせこの手を取って、どうしようもない夜をおれはあんたに頼るんだろう。
いかに自分が子供で、無力であるかをあんたの胸で再認識させられるんだろう。
あんたは何もいわず、今みたいに俺を見下ろして背中を撫でるんだろう。そしてまた朝がくれば離れ離れになり、互いに互いを忘れたふりをするんだろう。
またいつの日か、おれがあんたを欲しくなる日まで。
それがいまはただ悔しい。
「……。お前と見る海も悪かねェ」
声帯が体の中の空気を響かせ、地を這うような声がクロコダイルの胸を通してダイレクトに鼓膜に伝わる。その振動と包まれる温度が心地よくて、瞼を伏せた。


FIN

emui @emui828282

掲載元:Twtter
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