novel

溶け合う誘惑

なないろ

「待ち合わせに遅れた挙句、後ろに敵を引き連れてくることがあんたなりの礼儀なのか?」
組んだ腕の指先をトントンと打ち付けながら「そいつは知らなかったなァ」と嫌味ったらしい口調で言う男に、ふわりと砂となったクロコダイルは「まさか」と首を横に振る。
「一刻も早くお前に会いたいと急いだ結果だ」
優雅に煙を吐き出す彼を尻目に、ローは深い深いため息を吐き出す。
「普段からこうなのか?」
「いや、普段はこんな雑魚どもに跡をつけさせたりしねェさ」
クロコダイルはふっと笑い、指輪の光る右手をローの頬に滑らせた。
「待ちくたびれたルーキーが、暇を持て余してると思ってな」
「……そりゃ親切にどうも!」
言いながら、ローは勢いよく鬼哭を抜き放つとクロコダイルの胴体辺りに向けて振り下ろした。ザクッと分たれた彼の体が、その切断面から砂に変わる。その後ろ、今まさにクロコダイルに斬りかからんとしていた男がどさりと倒れ伏した。
サラサラと分断された体を戻す男が、じっとりとした視線をローに向ける。彼はケロッとした顔で言った。
「覇気は使ってねェだろ」
「そういう問題じゃねェ、クソガキ」
ローは抜き身の鬼哭を肩に担ぎ、クロコダイルを睨みつけた。
「だいたい、おれはまだ怒ってるぞ」
手を下にかざし、ふわりと能力を展開すると彼はパッとその場から姿を消す。数メートル先、小石と入れ替わりで現れたローは鬼哭を横薙ぎに一閃、数人の敵をまとめて薙ぎ払った。
「遅れた理由は?」
ローの問いかけに、クロコダイルは壁にもたれて答える。
「仕事が長引いてな」
「綿密に計画を立てるあんたが?」
言いながら、ローは正面の男達が放った銃弾を、手のひらをひっくり返して小石と変えた。ダダダンッと地面にめり込む弾丸を尻目に、クロコダイルは顎に手を添える。
「ああ……少しばかり厄介だった」
「正直に言ったらどうだ? おれとの約束を忘れてたんじゃねェのか」
「そんなわけねェだろう」
ブンッと刀を振りつつ、ローはなおも疑わしそうにクロコダイルを見つめる。
「今度からおれも、あんたを見習って敵を見繕ってこようか」
「やめとけ。そこら一帯が砂漠になるぞ」
本気の声音に、ローは怒りも忘れ、思わずフッと吹き出した。
「なんだよ、あんたの方がずいぶんやきもち焼きじゃねェか」
「そんな可愛いもんじゃねェさ」
クロコダイルは葉巻をギリッと強く噛み締め、犬歯を覗かせる笑みを浮かべた。
「てめェに惹かれてきた奴なんざ、塵も残さず消し去ってやるよ……」
忙しく動き回っていたローの足が、一瞬、止まった。その隙を狙うように突き出された刀をあっさり避けて蹴り飛ばしながら、目だけはクロコダイルを追う。
彼は何事もなかったように表情を消し、葉巻を手に持って煙を吐き出した。
「敵を撒く時間も蹴散らす時間も惜しんだせいで、今、お前がそいつらと戦うことになってるんだ。これ以上時間を無駄にするな」
随分なことを言う男に、ローは目を細める。
「勝手な奴だな」
「お前も大概だろう」
懲りずに立ち上がった男の胴を斬りながら、ローはゆらりと顔を上げる。
「そういうわけで……、これ以上てめェらの相手をしてやれるほど暇じゃねェんで──」
ローとクロコダイルが同時に振り向いた。ローの能力によって切り刻まれ、死屍累々の有様の男達は、思わずその視線の鋭さに震え上がる。
「──とっとと消えてくれるか?」


FIN

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