novel

ミセバヤをみつけて

伊折

目を開ければいつもの見慣れた部屋だった。周りを見渡せば机の上には書類の類いはなく、目を覚ます前の記憶が曖昧ではあるが、いつの間にか寝ていた様だと掛けていた椅子の上で葉巻に火を点し考えていると扉からノックが聞こえた。
誰だ? と問いかければ「俺だ」という声。それは己の右腕のもののようだ。
いつもなら、なにも言わずとも能力なりで勝手に入ってくるのにどういう風の吹き回しだと疑問に思った。入ったらどうだと言えば、ゆっくりと扉が開かれる。そこには思った通りの背格好をしている丈が長めの砂避けの外套を纏って深々とフードを被ったひとりの男が立っていた。
「なにをしている」
一向に入ってこようとしない男に、入るように促せば、フードの奥から一対の金色の光がチラリと見え細まった。一歩一歩ゆっくりと歩みを進める度にカツンと床を叩く軽やかな音が5度ほど部屋に響く。確実に近づいて来ていたその音が、ピタリと止んだことに怪訝な顔になり、深く吸い込んだ息によって灯された熱が葉巻をジリッと焼いた。
そして、息と共に吐き出した煙によって視界が曇る。キンッと甲高い擦れるような音を耳が拾うと同時に靄が若干かかった目の前の人影がぶれて見えた。軽く目を見開いた瞬間には、白刃が迫り金属同士がぶつかる音が響き渡る。
左の鉤爪で受け止めたそれは、己の右腕の妖刀。なぎ払うように振るわれた長い刀身が鉤爪を滑らすように鋭い速さで、目に向かって迫ってくる。ポトリと落ちた葉巻は運良く机の上に置いた灰皿の上に転がった。
普通の人間なら顔に斬り傷を作っていただろうそれを、悪魔の実の能力を発動させて己の顔の半分を砂に変えれば、小さな舌打ちが響く。
「テメェは誰だ」
口許の能力を解除して発した低い地を這うような声を出すと、刀を振るった反動で脱げていた。フードの下に隠れていたのは見慣れた顔を持つ男。見馴れぬ包帯を頭に身につけ、耳に着いた大きなピアスの先には音もなく鈴が揺れていた。
外套の下に覗く首には赤い太い縄のようなものが見える。病的なまでに白い肌に食い込むそれは、痛々しさの中にも視る者を引き込むような魔性な美しさを兼ね備えていた。
血色が悪い肌に見慣れたものよりも少しばかし暗く輝く黄金の瞳。その下に深く刻まれた隈を持つ右腕によく似た顔が飄逸な笑みを浮かべ、大太刀が退かれたと思えば、猫のような軽やかな動きで後ろへ飛び退き音もなく着地した。
「クックッ⋯⋯"誰だ"だ? おれのことは知っているだろ?」
「生憎、そんな趣味のヤツは知り合いに居ないもんでな」
「察しはついているんだろ?」
首にキツく巻き付くものを見つめながら言えば、男は酷ェとケタケタと嗤う。邪魔くさいなァと外套を投げ捨てると、服装の全容が顕となった。黒を基調としたその装いに見慣れたものを思いだし正体に検討がついた。
「アレの妖刀か」
その言葉に御察しの通りと目を細めて口角をあげて人間には鋭すぎる歯を見せつけて、月のような弧を描くことで無言で肯定した。夢でもみているようだ。
「主人を差し置いておれに会いに来るとは、どういう用件だ」
「身に覚えはねェか?」
妖刀が化けて出てくるなんて、なんとも奇天烈な夢をみてると笑い飛ばしたくもなったが、此処はグランドライン。常識に囚われていては生きてはいけない、何が起こっても可笑しくない海なのだ。もしかしたらこれは夢ではなく、何かの能力かなにかで本当に具現化したのではないかと目を覚ます前の事を思い出そうとする。
「⋯⋯⋯⋯アレは何処にいる」
しかし、どうしても思い出せず己にとっての唯一の気掛かりであり、緊急時であるなら必ず目の前の存在と共にいるであろう男の所在を問いかけた。
「此処には居ねェがすぐ近くには居るから安心することだな」
まるで謎かけのような試すような笑みを浮かべ言葉を続けた。
「まったくよォ⋯⋯アンタは"賢いヤツ"だと思ったんだがなァ?」
どうやら見込み違いだったようだと嗤っているが目を細められたままの瞳には軽蔑や落胆といった色が強く見受けられる。
「なに?」
「わかんねェか? アンタの為にならアレは"禁忌"を平然と犯すってことだよ」
「説明しろ」
目の前の存在に嫌な予感がして悪寒が走り嫌な汗が背中を伝い間髪入れずに問い掛ける。
「⋯⋯⋯っと、そろそろ時間らしいな」
その問い掛けに何処吹く風な様子で宙へと意識を一瞬向ける様子を見せ小さくなにかを呟いた存在に、能力で一気に距離を詰めようとする。
「精々我"アルジサマ"を死なせるんじゃねェぞ」
左手が目の前の存在を捕らえるよりも先に、今の"アルジサマ"は結構気に入っているんだと、ケタケタと嗤う男の声が響いたと思えば強烈な光によって視界が白く塗りつぶされた。


ーーーー

目蓋を開ければそこは見慣れた拠点にしている天井の1つ。ベッドの上に寝かせられていた。照明は落とされて薄暗く小さな寝息と天気が悪いのか雨音が聴こえる。寝息の方へと視線を向ければ案の定己の右腕の青年のものだった。すがるように右掌を握りしめ眠っている顔は泣き腫らしているのか目の周りを真っ赤にしていているのが光が乏しくともわかり、出会った頃の幼い頃の姿を思い出した。
「酷ェ顔だな…………」
出会った頃に幾度か見たその表情に懐かしさから笑ってやれば、ゴホッと咳き込むと口の中に微かに鉄の味が広がった。
不快だと思うと同時に起き上がろうと身体を動かせば腹に鋭く激しい痛みが走る。能力が故に久しく感じていなかった激痛に眉を歪め腹に触れてみる。
「あぁ…………そうか」
そこには白い清潔な包帯で巻かれていて、何があったのか思い出した。

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