novel

ミセバヤをみつけて

伊折

政府から王下七武海であるクロコダイルにとある海賊の討伐の命が下った。初めは乗り気ではなかったクロコダイルだが、その海賊団の名を聞くや否やその命に従った。
相手は世界政府加盟国の国で強奪を幾度も繰り返しているグランドラインで名を馳せている億越えの海賊だった。規模は20そこらのどちらといえば中小規模で船長と2番手の男がなかなかと厄介そうだというのが前情報。
海賊団というものを率いていないクロコダイルは右腕であるローを連れて件の海賊達が拠点にしている島へと討伐に向かった。
命令に従った真の目的は、熟練度はまだまだだが、面白い能力者が最近そこ海賊団に加わったという情報を手に入れたのだ。討伐対象は船長とそのナンバー2。ふらふらと渡り鳥の如く各海賊を渡り歩いているため、勧誘は容易いだろうという目論見だ。
「どうして受けたんだ? こんな面倒な仕事」
「気が乗らないのか?」
波に揺られること半日、順調にいけばあと1日もすれば目的の島につく頃だ。
「無視してやればいいのに」
政府に思うところがあるローは思惑があれど従順に命を遂行しようとしているクロコダイルに理解はしていても納得してない様子で小さく呟いた。
「餓鬼が……」
そんな様子を見せるローにクロコダイルは呆れながら諭すように言う。
「これから行おうとしていることは大仕事。入念に準備を行うことで、その後に得られるものが大きい。使えるものを全て使い今は牙を研く時だ」
わかっているのだろ?と言えば物言いたげな表情を浮かべながら頷くのをみて頭を撫でてやればら柔らかい髪に指が沈む。
「良い子だ」
「っ~~!!……餓鬼扱いするんじゃねェ!」
「クハハ、悪かったなァ?」
頭を撫でられ睨むその反応が餓鬼なんだと思いつつも上部だけの謝罪を言えばそこまで機嫌を損なわぬことができたことを真っ赤になった表情で確認し安堵した。
「手筈はわかっているな?」
葉巻を取り出して炙り一息をつき問いかける。するとそれまで年相応以下に見えた照れた表情から真剣な表情に切り替わる。
「あぁ」
「ロー。お前の働き期待している」
優秀なヤツだ。こいつが同じ世代の生まれでルーキーと呼ばれるようになった頃に出会い今の関係になっていたのなら、今とは全く違う道を歩んでいたかもしれない。
と、ありもしない空想を思い描きクロコダイルは自嘲した。


クロコダイル達が船を海岸に停泊させて島に上陸し目的の海賊の本拠地にたどり着いた時、二人はその光景に目を疑った。
洞窟を背に拓かれた平地に陣を敷くように居たのは、標的となっていた海賊団と別の新世界に入ったと言われていた海賊団だった。それぞれが己の武器を構えて待ちかまえており、クロコダイル達の姿に気づいた一人の男が叫んだ。
「政府の犬の“王下七武海”のクロコダイルがきたぞー!!」
「本当に来たぜ?」
「言っただろ? 七武海が来るってよォ?」
下品な笑い声をあげる男どもに眉間に皺が寄った。
「これはどういうことだ」
別に対峙していることは問題はなかった。元々隠れていたわけでは無かったのだから。問題は新世界に行く程の実力のある海賊がグランドラインの前半の海に居て、ターゲットと同盟らしきものを組んでいるのがみてとれること。
「お前達が来るってリークがあったんだ。まさか砂漠の英雄様が来るとは思わなかったがなァ?」
狙いは個人的な恨みとかではなく、七武海を打ち破り箔をつけるとかそんなところだろう。面倒なことになったことだと、クロコダイルはため息をつきたくなった。
「おい、“    ”はいるか?」
「?…………なんだそれ、知っているか?」
目的の人物が居るのかという問いかけを投げ掛ければ首をかしげるばかりで反応が芳しくない。
「ハズレ、引かされたみたいだな」
ジトとした目で隣で見つめられればばつが悪くなる。
「まったく……ガセネタ掴まされて、何処情報だよそれ」
「うるせェ」
信用する場所を間違えたんじゃないのか?という言葉は何処か面白がっている様にも聞こえる。やる気が減退しているクロコダイルに比べて幾分かやる気のある右腕に珍しいと視線を向ければそれに気づいたローはニッと広角をあげる。
「実は試したい技があるんだ」
普段はそうでもないのだが、己の右腕は幾分か好戦的だという認識だ。元の主に似たのか、元々なのかは不明だが、あまりいい気はしなかった。
「で、任務はちゃんと遂行するんだろ?」
問いかけに頷けば、肩に背負うように持っていた鬼哭を鞘の紐部分を掴みいつでも抜ける体勢に入る。
「……羽目をはずしすぎるなよ」
「分かっているって」
大太刀を構えもう片方の腕を前に掲げたことによって周囲の男達の緊張が走る。その一瞬が命取りだった。
「“room”」
ローの言葉と共にブンッと羽音のようなものが響くと青いサークルのようなものが現れる。それに慌てたのは新世界へ向かったはずの海賊団の船長の男。なかなかと悪くない反応だとほくそ笑む。
「か、かかれ!!」
「遅ェ…………“シャンブルズ”」
だが、全てが遅かった。船長の声に二人に迫ろうとする男達を嘲笑うかのように、ローは小さな呟きと共に掲げた薬指と小指を折り曲げて唱える。
すると、クロコダイルの横にはローの代わりに海賊団の男。そこ男の手配書に見覚えがあった。新世界へ入ったという海賊団のNo.2だったはずだ。懸賞金は9000万ベリーかそのあたり。男はいきなりのことで状況を把握していない様で目を白黒させている。
上納金の代わりにはなるだろうと、左の鉤爪を状況を把握できていない男に向けて振るって煌めかせる。鮮血が飛び散り聞こえるのは倒れゆく無様な叫び声。
「ギャッアッ!」
「単身乗り込んで何をするつもりだ」
それをBGMに右腕が居るであろう人混みの方へ視線を向ければ人混みの中心で何かが倒れこむドサリという音と新たな叫び声が聞こえる。
「ぎゃぁぁっ?!」
「船長ッッ!!!」
ざわめきは瞬く間に広がり、遅れて聞こえてきた叫び声に近い口調で発せられた言葉にクロコダイルは状況を把握した。
「船長の心臓が抜かれた?!」
「てめぇ!!なんてことをしてくれる!!」
思い当たることがあった。それは出会って暫くした頃のまだ幼い少年が己の病を“手術”するために摘出した肝臓。
その能力を戦闘で実践活用しようとしようというわけかと、納得した。
そして、再び薄い青いドームが全体に広がったかと思えば倒れている男と入れ替わり右腕が現れる。その手に持つのは透明な立方体に入っている脈打つ臓器。したり顔を向けてくる男は主人に狩った獲物を見せにくる猫を彷彿させる。
「…………なんだよ」
「いや、なんでもない」
ジッと見つめていると、居心地の悪そうな表情を浮かべ、手に持った心臓を渡してくる。それを受けとればドクンドクンと大きく脈打つのが直接伝わる。
掌に握るそれの力を強めれば、持ち主の男の一際大きな叫び声が響き渡った。その声にビクリと反応するのは船長とNo.2がやられて明らかに同様が隠せない海賊達。
「満足か?」
「あァ……要領は掴めた」
「ならさっさと終わらせて帰るぞ」
あの中で一番の実力者と思われる男を仕留めたことで確かな手応えを感じた様でローは問い掛けに頷き、鬼哭を抜いた。
それを合図にしたかのように海賊達が恐怖を残したまま雄叫びを上げて迫ってくる。

それにクロコダイルはニアリと笑い己の身体を砂に変え対峙した。



その後だ。武装色の覇気を纏った刃に刺されたのは。
現状を確認するに事を無事に終えたらしいことに軽く息をつけば、隣で眠っているローが「ん……」と小さな声を漏らし身を捩らせて意識を浮上させた。
「く……ろこ、だいる…………?」
寝惚けているのか舌足らずな口調で発せられる名に不快に思うどころかどこか愛おしさのようなものを感じるのは随分と絆されてるなと内心自嘲する。
「目が覚めたか、ロー」
「クロコダイルッ!!大丈夫か?!なんであんなこと…………」
何処か狼狽えている様子のローに「騒ぐな。落ち着け」と諭すように言葉を続けた。
「……医術の心得のあるテメェに怪我されるのは避けるべきだと考えただけだ」
「だからってあんたが庇うことないだろ!!」

乱戦の中、粗方は戦闘不能にさせるまでは良かったが、相手も懸賞金がかけられている海賊。二人で相手にするには数が多く分が少し悪かった。
体力を大きく消費するタイプの能力を持つローが少しずつガス欠を起こしかけていることを危惧した時。多勢を相手をしているローの死角から斬りかかろうとしているのに気が付いた。無意識だった。声をかけるよりも先に身体が動き、そのまま刺されたのだ。別に油断をしたわけでない。自然に身体が動いた。通常ならば能力を使い攻撃を無効化しそのまま水分を奪い瀕死に追いやるのだが、武装色の覇気を纏う事が出来たのが誤算だった。


「あれぐらいでこのおれが死ぬと思うのか」
「っ……人間いつどこで死ぬかわかんねぇんだぞ!!」
10年以上前の白ひげの時にやられた傷の方が酷かったのだしこの程度なら掠り傷だと伝えようとすれば、“アンタまでおれの前から居なくなるのか”と間髪いれずに続けられた。その言葉に誰と重ねているのかは計り知れぬが、今にも溢れんばかりの瞳にたまった水分にトラウマを刺激したようだ。
「悪かった。泣くな」
「泣いてねェ!!」
どう見ても泣いているだろうと思いながらも、あえて言及せずに話を切り替える。
「で……だ。ロー、主治医の見解としておれの怪我は全治何日だ」
「2週間は絶対安静だ。臓器が一部やられているから本当はもっと安静にしてほしいけどきかないだろ?」
問い掛けにローは先ほど迄の幼い雰囲気を消して、真剣な医者の表情に切り替わる。この切り替えの良さがクロコダイルは気に入っていた。
「2週間か。わかった安静にしておこう。その間お前に仕事を任せることが増えるが問題ないな?」
「あ、当たり前だ」
真剣ながらも何処か嬉しそうな表情で頷き水を持ってくると部屋を出る青年の後ろ姿を見送り、夢でみた男の言葉を思い出す。
“アンタの為にならアレは"禁忌"を平然と犯すってことだよ”
“禁忌”というのが何を指すことなのかわからないが、言葉の通りとんでもないことをしでかす代物なのだろう。それこそ己の命を犠牲にするような代物など。
「…………バカな真似をさせねェようにしないとな」

折角手にいれたのだ。少しは信用してもよいと思えるような存在を

いつもは鬱陶しいと思う雨音が自分らしくない言葉を隠してくれることを信じて小さく呟いた。

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