novel

ミセバヤをみつけて

伊折

それは、本当に一瞬の出来事だった。
敵は総勢60。一人一人の能力でいうならば大したことがない者が大多数であるが、2人で相手をするには少々骨が折れる。己のボスであるクロコダイルから離れてしまっている状況にもローは奥歯を強く噛んだ。
「っ…………鬱陶しい奴らだ」
船長達は瞬く間に無効化したのだからさっさと実力の差を見極めて撤退するなりすれば良いというのに、弔い合戦だと言わんばかりに獲物を片手に迫ってくる。
元々王下七武海を相手取るつもりだったのもあってか実力と覚悟はそれなりにあり、悪魔の実の能力を酷使され確実にローは体力を削られていっていた。遠くの方ではクロコダイルも戦っているようだが能力の研究をされているのかやりずらそうに戦っているのが見てとれる。大方の相手は伸して、現在立っている敵の数は10人にも満たなく、ゴールが近いが、伸びている他に比べれば実力がある。
現在対峙しているカットラスを持った男達は体力馬鹿なのかボロボロになりながらも何度も向かってきている。粘り強さに苛立ちを覚えたときだった。対峙している男達がニヤリと笑った気がすると同時に強い殺気に悪寒が走る。
気づいた時には遅かった。両手は塞がれ能力を展開する体力も時間もない状況で殺気の方へ視線を向ければ白刃の刃が迫ってきていた。
“逃れられない”と思い、来る筈の身体への突き刺さる衝撃に身構えていたというのに、やってきたのは何かがぶつかってくる激しい衝撃。それに否応なしに身体は吹き飛ばされ地面に倒れる。
何が起こったのだろうかと嫌な考えを振り払うかのように身体を起こすと、そこにはローを庇うように立っているクロコダイル。いつも綺麗にセットされている髪と息が戦闘のせいでか乱れている。
「え……なんで? クロコダイル」
距離はあったはずなのにどうしてそこに立っているのだろうかと疑問を口にする。
「慣れないことをするもんじゃねェな…………」
はらりと、前髪の一房と共に口にしていた葉巻が落ちると共に視線が落とせばそこに見えるのは上質な布地を使ったジャケット。その中心に普段はない赤い染みがゆっくりと確実に広がっていた。
「っ…………」
息が止まった。クロコダイルの腹に己に迫っていたはずの刃が突き刺さっている。どうしてロギアの能力者であるのに刃物に刺されているのだろうか。白刃であった筈のものが黒い刃に変わっているのに気がついた。
そして、クロコダイルに突き刺さっている刃を持った男をみればいきなりのことに目を見開き驚いた様子を見せながらも、刃を引き抜き“七武海を討つ”という絶好の機会がやってきたことに気付き歓喜に似たような口調で叫び再び刃を振り下ろす。
「ク、クロコダイル覚悟!!!」
「黙れ……“砂漠の金剛宝刀”」
その言葉と共にクロコダイルの振り下ろした腕から砂の刃が現れて、己を突き刺した男とローと対峙していた周囲の海賊達を引き裂いた。
ローは身体を起こし足を縺れさせつつ、クロコダイルの元へ駆け寄る。
「クロコダイルッ!!」
「大したことはねェ……が、まさか覇気使いだったとはなァ……」
少し誤算だったなァと漏らしたクロコダイルは咳き込んで吐血し、膝から崩れ落ちた。
それは病魔に蝕まれていた時の白い情景と重なる。
「……お、おれのせいでっ!!」
ーーまた、失うのか?大切な人を……おれのせいで?
ダメだ!それだけは!

膝をつきポタリと傷口から止めどなく血が流れ落ちる姿に血の気が引く。
「まだ終わってねェぞ……ロー」
まだ敵はいるんだぞと続く言葉は掠れていて、その声を何処か他人事のように遠くに聞きながら倒れた身体から赤い水溜まりを作っている光景をただ呆然と見つめた。

このままでは危ない。どにかして助けなければ。おれのせいで死んでいい筈がないんだも助けなければなにがなんでも。たとえおれの命がつきようとも。

自分の命を引き換えとしても救わなければならないという脅迫概念にも似た言葉が脳内を支配していると、チリンとこの場には不釣り合いな鈴の音が響き、聞き覚えのある笑い声が響き渡る。不気味なほどにけたたましい声は酷く耳に馴染み語りかけてくる。
『おいおい、“アルジサマ”よォ? 少しは落ち着いたらどうだァ?』
(落ち着いていられるか、おれのせいでクロコダイルが負傷してしまったんだぞ)
己のことを“主”と、表する存在はひとつしか思い浮かばず、心の中でそう返答すれば声の主はピタリと笑うのをやめた。
『……まさか、こんな下らねェところで果てるつもりじゃねェよな?』
その場に実体がないというのに正に剥き出しの刀身のようなとても冷めた鋭い視線が突き刺さる。
(下らないだと? おれの命で償えるのなら……)
握りしめていた大太刀が言葉を遮り咎めるかのようにカタカタと震えだした。
『……テメェ程度の練度で“禁忌”を犯すだと?』
(出来ないとでも言いたいのか)
『そんなことする必要もねェ。確かに長引けば危ェが、早めに止血さえしてやればソレはまだ死なねェだろ』
「え……」
何を焦っていやがるんだかと、呆れた様子の己の刀の言葉にローは小さく声を漏らし、改めて意識が混濁しているクロコダイルの容態を確認すれば、確かにこのままだと失血の危険があれど攻撃をうまく受けたのか直ぐに治療すれば大事には至らないことに安堵を浮かべる。

『……ったく世話の焼ける“アルジサマ”だなァ?……暫くは繋ぎ止めてやるから、先に周りの奴らを片付けやがれ』
やれやれと呆れたような口調の言葉を最後にチリンと鈴の音が響き渡ったと思えば持っていた大太刀の震えは収まっていた。

一刻の猶予も許さない。治療に必要な体力だけを残してゆっくりと立ち上がりローは残党をバラすために能力を展開し刀を振るう。

そして、バラバラに原型をとどめてない海賊達が転がる静かになった島で、治療をしながらこの男になら究極の力である“不老手術”を使ってもいいと思えるほど大切な存在になっていることを自覚したのだった。


To be continued...?

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